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「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?

年金未払い問題のせいで年金制度が破綻する、といった偏向かつ過剰、そして将来に対する危機感を煽る情報が跋扈している。しかし、そんなものに騙されてはいけない。年金未払い問題は年金被保険者のうち、第一号被保険者にのみ関係する。


第一号被保険者は第一号から第三号被保険者の全体7,000万人程度のうち、2,000万人程度。その年金未納者は更にそのうちの4割ぐらいだからおよそ800万人。又、未納者のうち、猶予者や免除者が500万人程度だから実質的な年金未納者は300万人前後。よって、未納者は全体の5%弱に過ぎない瑣末な問題だ。


つまり、未納者が何割だろうと全体からすれば小さな出来事で、将来推計にも大した変化をもたらさないから、ガタガタ言ってないで国家を信じて年金払え、という本。

「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った? ~世界一わかりやすい経済の本~ (扶桑社新書)
「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った? ~世界一わかりやすい経済の本~ (扶桑社新書) 細野 真宏

扶桑社 2009-02-27
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細野真宏は論理的思考力の必要性・重要性をやたらと強調する。論理。論理。論理。そして社会保障国民会議における資料も開陳し、わずか一年足らずの間に年金制度の概要をその論理的思考力をもって、まるっきりの素人状態から舌峰鋭く相手の論点の矛盾を暴きだし、鮮やかな切れ味の質問をぶつけるレベルまで自らの知識を昇華させたと語る。


まさに論理があれば何でも出来る。しかし、細野真宏が本書で熱く語る論理的思考力と物事の本質を掴む力とは残念ながら、原油が上昇すると牛乳の値段が上がる、という関係の背後には、原油価格上昇→代替燃料の需要増→燃料用植物の増産と飼料作物の減産→家畜飼料の高騰→牛乳の値上がり、という因果関係があるから、と説明するような連想ゲームの域を出ない代物である。


ここで問題となるのは暗黙の前提条件として、論理を構築し、物事の本質を掴む為には、因果の鎖を解きほぐす鍵となる情報と知識を自らが既に有している事を必要とする点にある。論理的な思考力さえあれば何だって分かる。それは明らかに嘘。


前提となる知識が無ければ思考など出来る筈がない。物事の判断を思考に委ねるのは良いだろう。しかし、それは必ずしも無から有を生み出すものではない。拠って立つべき知識も無くそれが出来るとしたら、そんなものは単なる空想に過ぎない。



一例を挙げよう。

社会保障国民会議は、「社会保障のあるべき姿について、国民にわかりやすく議論を行うこと」を目的として、福田政権下の2008年1月に設置された政府直轄機関であり、年金、医療保険、介護保険のほか、雇用問題、少子化問題等も含めた抜本改革案について議論を行ってきた。



しかし結局の所、社会保障国民会議の事務局の中心を担っているのは、兼任という形で所属する厚生労働省の官僚たちで、さまざまな試算や改革案の取りまとめも、実際には主に厚生労働省サイドで行われてきた、というのが実態である。



ちなみに、厚生労働省の社会保障審議会の各部会や中央社会保険医療審議会が各分野の改革案を審議するという通例を超えて創設されたこの機関は、その大志に反して、福田内閣退陣後にその後ろ盾を失い、宙ぶらりん状態。


以上の経緯を踏まえた上で、ここに今回登場した細野真宏の社会的認知度の高さと一般市民への訴求力及びメディア力を勘案すれば、導出される答は社会保障制度に対する国民的な不信感を払拭する為の世論操作ぐらいのものではないか?つまりは、有名人を起用した政府当局のプロパガンダ。


何やら少々キナ臭い話になってきた。キナ臭いついでに、細野真宏が本書で賞賛しているマクロ経済スライドについて、批判的吟味を行う為の情報を引用してみよう。そして、その評価自体は皆様の溢れる論理的思考力にお任せしたい。


まずは、細野本の記述。引用するとこんな感じ。

年金制度にマクロ経済スライドという自動安定化装置を組み込むことによって、将来のインフレに対して保険料の上昇は緩やかになり、現役世代の保険料に上限設定がなされる安心設計を達成し、とかく問題となりがちな世代間格差については、各年代の85歳時点における所得代替率が41.3%となるように調整したので、そもそも世代間格差はほとんど存在しない。


この記述からは、細野真宏が口を酸っぱくして唱える論理的思考力の出る幕など欠片も窺い知れない。物事をつなぐ因果関係を丹念に追う事が大切と言いながら、結果のみを記述する態度に誠意を感じないのは自分だけだろうか?


それとも、薄っぺらい新書の読者層にはその理論的背景や過程を詳述しても紙の無駄と最初から見限っているのだろうか?まぁ、どちらでも良いか。


という事で、マクロ経済スライドが自動安定化装置という触れ込みを隠れ蓑にした実質的な給付カットである、という点について言及している部分を以前紹介しただまされないための年金・医療・介護入門から引用して、終わりにしたい。

2004年に行われた年金改革のうち、保険料水準固定方式とマクロ経済スライドの導入は、これまでの改革が「給付水準に合わせて保険料率を上げてゆく」という考え方に立っていたのに対して、発想を逆にして「保険料負担の限界を設定し、それに合わせて給付水準を下げる」という転換を行った。



まず、厚生年金の保険料率については、2004年の13.58%から0.354%ずつ引き上げて行き、2017年に18.30%となったところで将来にわたって固定される事になった。また国民年金の保険料も2004年の月13,300円から毎年280円ずつ増加して2017年に16,900円となったところで固定される。



しかし、保険料率水準を固定するのだから、財政を均衡させるためには、その反対側である給付水準をカットしなければならない。そのために導入されたのが、「マクロ経済スライド」。



その仕組みは65歳時点の年金額決定に使われる賃金スライドと、66歳以降の年金額に使われる物価スライドの伸び率を小さくし、伸び率を低くすることで将来の年金給付をカットするというもの。



具体的には、賃金・物価スライド率からスライド調整率を差し引くことで、それぞれの伸び率を小さくする。このスライド調整率は、公的年金の全被保険者数の減少率の実績(三年平均)と平均余命の伸び率を勘案して設定した一定率(0.3%)を足したもので、およそ毎年0.9%。



つまり、スライド調整率には、公的年金の全被保険者数の減少率が考慮されるため、少子化が予想よりも進行し、被保険者が減少しても、給付カットが追加的に行われる。


これが、マクロ経済スライドが自動安定化装置と呼ばれる所以である。 ここまでなら自動安定化装置と呼べる代物かもしれないが、ここからがマクロ経済スライドの詐欺的なところである。それは、給付水準の下限を設定し、年金改正法附則第二条により所得代替率が50%を下回らないことと規定し、下回った場合にはマクロ経済スライドを停止し、その際に年金改革を別途再構築する点にある。



つまり、自動安定を謳いながらやっている事はデリバティブでいうところのノックアウトオプションみたいなもので、将来において少子高齢化が想定外に進行したり、予想以上に経済状況が悪化しないことを祈りましょう、と言っているに等しい。



そして、所得代替率が50%を切るような事態が起こっても、その時はその時で考えればいいじゃないですか、どうせその時には自分もこの世にはいないだろうし、まぁ気楽に行きましょうよ、そうお役人は考えたのであろう。



負担の制限と世代間格差の是正を売り物に華々しく登場したマクロ経済スライドの実態は、スタビライザー機能を表面に纏った単なる給付カットに過ぎず、しかもノックオプション付きという用意周到さ。



ここまで行くと、もう感嘆の念しか湧いてこない。制度設計の向いてる方向性さえ間違えていなければ皆が幸せになれるのにね。 という事で、今回の教訓は「騙されるな、という声に騙されるな」といったところか。それにしても、完全に余談だが、細野真宏はどうして「世界一わかりやすいブラック・ショールズ方程式の本」とかを書かないんだろう。もう数学関係は捨てたのか。

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