医療業界に縁のない方にとっては業界の特殊性(多くの場合、閉鎖性とも言い換えられる)を知る一助になることでしょう。たとえば、ブラックペアン1988では医師国家試験を終え、新人研修医となった世良雅志医師の視点でこのように語られる。
| ブラックペアン1988 | |
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一人前の医師として扱ってもらえないもどかしさ。技術をもたないゆえに唐突に襲われる無力感。そんな若者たちの恨みつらみが落葉のふきだまりのように寄せ集められる場所。それが大学病院だ。
―――こんな病院、とっととおさらばしてやる。病室の窓から空を見て、世良は一人心の中で吐き捨てる。研修医の嘆きが積もった大学病院の中庭には、透明な慰霊碑が無数に建てられているのだ。
【ブラックペアン1988より引用・同63、64ページより】
文章を綴るという非常にパーソナルな行為においては、どうしても自分自身が見聞きしたり、直接に体験した感情しか書き記せないものだと思う。隠そうとしても、文章には本人の性格や人生観みたいなものが色濃く投影されるし。だとすれば、若かりし頃の海堂氏もどこかで作中の世良医師のような心境になったのかなあ。
そんなことを考えると、この業界も案外捨てたものじゃないのかなあとちょっぴり嬉しくなります。臨床医(治療をメインにするドクターのこと)として何年か経験を積むと、多くの医師はこういった若かりし時分の閉塞感や焦燥に似た感情はどこかに置き忘れてきてしまいがちのようだ。でも、たぶん忘れちゃいけないんだ。こういう言葉ではうまく言い表せないけれど、なんとなくもどかしい気分は。それが他者を理解するための引き出しの一つになるのだから。
ちなみに、プラックペアン1988では右も左も分からない外科医の一年坊主として描かれた世良ちゃんですが、極北クレイマーではジョン・レノン然とした風貌で、病院再建請負人として地方都市に颯爽と現れるのがめちゃめちゃ格好いい!!!・・・人に歴史あり、ってまさにこのことだなあ。二作続けて読むと、シビれます!
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